忍者ブログ

薄っぺらな楽しみに

軽い内容かつスピード重視の薄っぺらなブログ

何かを掴めたような気がしていた

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

何かを掴めたような気がしていた

ただ生きているだけの人生

そんな風に思う時がある
毎日 仕事をして帰ってくる 休みの日に些細な用事を済ませ後はダラダラ過ごす

繰り返し

そんな人生の中でも この手に何か掴めたような手ごたえを感じる時がある
それは 蜘蛛の糸のように細く たぐりよせることも難しい糸に近いもの
でも それを 手に掴んだ それを 切れることなく引き寄せる事が出来たなら何か変わるんじゃないかと思えるもの

しかし結局は自ら手放してしまう
日々が 日常が それを掴み続けることを諦めさせてしまう

広告

セリグマンの犬

二匹の犬を使った実験

犬に電気刺激を与える
Aの犬にはスイッチを押すと電気が止まる
Bの犬はスイッチを押しても電気が止まらない

Aの犬は学習をしてスイッチを押して電気を止めることを覚えた
Bの犬はスイッチを押しても電気が止まらないので何もしなくなった

次に Aの犬 Bの犬を違う装置の所に連れて行く

床に電気が流れる
Aの犬は柵を飛び越え電気から逃れた
Bの犬は電気を浴び続けた 柵を越えれば電気から逃れるのに何もしなかった

Bの犬が かわいそうなどと言えるだろうか?

これは無力感は学習にて起こると言う実験である
自分も そうなのかも知れない

頑張って努力して試行錯誤をしても良い結果が得れないなら
何をしても無駄だと思ってしまう

そんな事は仕事場でも人間関係でも起こる 日常では当たり前のことかも知れない
でも そのせいで無力感に染まっている

それが掴んだものを手放すことへと繋がっているかも知れない

漠然とした不安感
無駄に時間が過ぎて行く焦燥感
思い通り行かなかった挫折感
失ってしまったものへの喪失感
それら全てを含んだ絶望感

掴んだものに意味はない それだけでは意味をなさない
掴んだものの先にあるもの それに意味がある
ただ それが どんなものかは 今は分からない
それ以前に そこに繋がる糸を手放してしまってはいけない

分っているが日々に疲れた自分には それを掴み続ける力が無い

そんな思いを胸に 「最近 疲れちゃって駄目だ」と嫁に言い続けていたら
嫁が「私 決めた 来月からは週3だけ働けば そして 次の月から12月まで仕事しなくてもいいわよ 貯金を崩して生活するから」と言う答えを導き出した

いいのか?それで

広告

PR

コメント

広告